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Site opening on 18 March 2022

お立ち台へ

コペポーダは、海洋生態系を支える上で欠かせない海洋生物です。自身が餌となり、魚類生産を支えます。北海道大学水産科学研究院のプランクトン・ラボは、プランクトンの生態研究の拠点として、70年にわたり新たな研究成果を発信し続けています。

今回、そのプランクトン・ラボの山口准教授を中心に、新たに始められたプロジェクト「かいあし漁業」の概要を紹介していだくこととしました。北大水産科学研究院の旬のプロジェクトです。

コペポーダを漁獲する?その意義と重要性、そして音波探知や網具開発を含めた方法論、さらには栄養成分などに関する知識を拡充いただき、海洋生態系におけるカイアシ類の魅力を堪能いただけると幸いです。

プランクトンの採取は、おしょろ丸などの船上で、NORPACネットなどを使うことにより、行います。お立ち台と呼ばれる作業デッキでネット採取を指揮します(Figure 1)。長年にわたるプランクトン観測の成果が、カイアシ漁業としてトップステージに上がる日は近いでしょう。

Figure 1. お立ち台でNORPACネットを操作.

FoM Editorial

18 March 2022 posted

海洋生態系におけるカイアシ類の重要性とかいあし漁業への夢

カイアシ類(Copepoda、コペポーダ)、という言葉を聞いたことのある方がどれくらいいるでしょうか。たぶんほとんどの方は聞いたことが無いと思います。でも、海の生態系を根底から支える重要な分類群です。今日はそのカイアシ類について解説をして、そのカイアシ類を採る漁業「かいあし漁業」の重要性を説明したいと思います。

カイアシ類は甲殻類に属する動物プランクトンで、体長は種にもよりますが1~10 mm程度です。日本近海には暖流の黒潮と、寒流の親潮が流れており、北海道近海はこの親潮が卓越する海域です。親潮域におけるカイアシ類の資源量は膨大で、親潮域におけるバクテリアから海鳥までの生物バイオマスの33%を占めています(Figure 1、 山口 2011)。親潮域に優占する大型カイアシ類(体長は5-10 mm)は、1年の世代時間を持ち、その年の春に起こる春季植物プランクトンブルームの生産物を高次生物に受け渡す役割を担っており、1年毎に更新される、生産ポテンシャルの高い更新資源となっております。

Figure 1. 親潮域の海産生物現存量.

親潮域におけるカイアシ類は、春に起こる植物プランクトン大増殖の時期には海表面に分布し成長し、体内に油分(油球:ゆきゅう)を貯め込みます。この油球はそれ以降の1年間を深海で過ごすためのエネルギー源となり、体脂肪率は80%にも達します。油分を身体パンパンに貯め込んだカイアシ類は、表層に餌の植物プランクトンの乏しい夏、秋、冬には深海の200-2000 mに潜り、そこで休眠(きゅうみん)と呼ばれる状態で過ごします(Figure 2)。カイアシ類は卵から産まれた時はノープリウスという、親とは違った形で生まれます。これは親と同じ形で産まれると、生き残りに不利なため、親と違う形で産まれる、変態(メタモルフォーシス)の一例です。ノープリウスは6期あり、6回脱皮します。そしてノープリウス6期は変態して、親と同じ形のコペポダイト1期になります。コペポダイト期も6期あり、6期目が成体(雌雄)になります。休眠はコペポダイト5期などで行われます。

Figure 2. 親潮域における大型カイアシ類の生活史.

深海で休眠するカイアシ類に優占するNeocalanus属のコペポダイト5期は、深海で成体に脱皮し、交尾をし、冬に深海で産卵します。深海で産まれた卵は脂分を多く含むため、海水よりも比重が軽く、水中で孵化し、ノープリウス期の脱皮を重ねながら表層に浮上し、Neocalanus属の中で最も大きいN. cristatusは摂餌を開始するコペポダイト1期になった時に表層に到達し、春の植物プランクトン大増殖に遭遇し、コペポダイト5期まで一気に成長します。

動物プランクトン群集には、カイアシ類のような植食性種とヤムシ類などの肉食性種が含まれますが、植食者の生産量と肉食者の摂餌量を比較したところ、亜熱帯域では両者がほぼ釣り合っていたのに対し、亜寒帯域では、植食者の生産量が肉食者の摂餌量を大きく上廻っており、この余剰分の生産量が、サンマやマイワシなど、亜熱帯域で冬季に再生産を行い、夏季に豊富な餌の動物プランクトンを求めて、亜寒帯域に索餌回遊を行う、浮魚類の成長を支える餌となっています(Figure 3、Yamaguchi et al. 2017)。このように亜寒帯域における大型カイアシ類は、莫大な資源量を持つ、生産ポテンシャルの高い更新資源です。これら未利用な低次栄養段階生物を漁獲し、食糧資源として活かそうというのが「かいあし漁業」です。

Figure 3. プランクトン余剰生産の南北差.

海洋生態系のエネルギー・資源量は、栄養段階が1つ上がるにつれて1/10になることが知られています。これは、生態効率という概念です。つまり、高次生物を対象とした漁業は、非常にもろく、脆弱な食糧資源の入手法です。一方、海洋生態系におけるエネルギー・資源量は、一次生産により近い低次栄養段階生物の方が多いことは 自明の理です。そこで、小型目合い漁網などで漁獲出来る、一次消費者のカイアシ類を漁獲する「かいあし漁業」を確立し、食糧資源として用いる可能性を探れたらというのが私の夢です。

山口 篤・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授/北海道大学北極域研究センター・准教授

謝辞:科研費「低次栄養段階生物を対象とした「かいあし漁業」の可能性を探る(挑戦的研究(開拓))」

参考文献

山口 篤 (2011) 親潮域における動物プランクトン研究の最近の進歩. 北大水産紀要 53, 13-18.

Yamaguchi, A., K. Matsuno, Y. Abe, D. Arima, I. Imai (2017) Latitudinal variations in the abundance, biomass, taxonomic composition and estimated production of epipelagic mesozooplankton along the 155°E longitude in the western North Pacific during spring. Progress in Oceanography 150, 13-19.

18 March 2022 posted

カイアシ類の音響探知

それでは、このカイアシ類を海の中でどのように見つけるかについて説明します。水中における生物の分布や量の推定に超音波が使われます。その原理は「やまびこ」と同じです。海底方向に向かって高い大きな声で「ヤッホー」と叫びます。その声が海中で伝搬し、やまびこの山に相当する海底にあたって跳ね返され戻ってきます。叫んでから戻ってくるまでの時間を測ることで海底までの距離、すなわち、水深がわかります。また、戻ってきた音の大小などで相手の様子がわかります。これが音響測深機の原理です。超音波を出したり受けたりする装置をトランスデューサと言い、一般には船の底についています。調べる対象が海底ではなく魚になったものが魚群探知機です。この魚群探知機では、魚だけではなく動物プランクトンも調べることができます。大きさがわずか数mmのカイアシ類であっても、山や海底のように超音波を跳ね返します。もちろん跳ね返す大きさは比べ物にならないくらい小さいものですが、これによりカイアシ類がどこにいるのかを調べることができます。超音波は、どこまでも届くわけではなく伝搬する過程で距離とともに減衰します。従って、同じ魚がトランスデューサから10 mに存在する場合と30 mに存在する場合、戻ってくる超音波の大きさが異なります。このような特性をしっかり補正し、超音波の信号が定量化され、魚の大きさや魚群の量を測ることができるようにしたものを計量魚群探知機と言います。魚やプランクトンが、超音波をどのように・どれくらい跳ね返すかについては様々研究されており、一般則としては、高い音(周波数が高い)ほど小さい生物を探知できるという特徴があります。異なる周波数で同時に海中を見た様子を図(Figure for acoustic detection of Copepoda)に示します。これらは計量魚群探知機の記録例であり、エコーグラムと言い、図(Figure for acoustic detection of Copepoda)は3つの周波数で海中を見たときのエコーグラムです。上から順に、周波数38 kHz、120 kHz、200 kHzのエコーグラムです。横方向が時間、縦方向が船底からの距離、すなわち深さを表します。この図では船底から深さ100 mまでの間を約7分間にわたって表示したエコーグラムです。図中の粒粒が何かにあたって戻ってきた反応であり、暖色系になればなるほど戻ってきた音が強く、寒色系の色になるほど戻ってきた音が弱いことを意味します。同じ海中の範囲であっても、違う周波数で調べると、エコーグラムの様子が異なることがわかります。ちょうど10 mから40 mあたりの様子が異なっています。周波数が高くなるほど跳ね返す音の大きさが大きくなっているので、特徴的にはプランクトンであると予想がつきます。プランクトンネットで調べたところこれらはカイアシ類であることがわかりました。このように、わずか数mmの生物であっても、ある程度密集して存在し、高い周波数の超音波を使うことでカイアシ類も探知できるのです。このような信号を定量化し、広域に調べることでカイアシ類の分布や量を調べることができます。関連基礎情報が下記にもあります。また、実海域でカイアシ類の分布を調べた例が、金ら(2016)にあります。

向井 徹・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献・参考サイト

LASBOS: 音波を用いた水中観測 ~音で海中をのぞく.

LASBOS: 魚群探知機のいろいろ.

金 銀好・向井 徹・飯田浩二 (2016). 体積後方散乱強度の周波数差を利用した北海道噴火湾周辺におけるオキアミ類とカイアシ類の識別.日本水産学会誌 82, 587-600.

18 March 2022 posted

カイアシ類の音響散乱特性

計量魚群探知機等の音響機器を用いた海洋生物の分布や量の調査は、魚類だけでなく動物プランクトンでも行われています。計量魚群探知機を用いた音響調査では、海中に超音波を発射して跳ね返ってきたエネルギーの総和を、そこにいる生物1個体あたりの音の反射量で割ることで生物量を計算します。この生物1個体あたりの音の反射量を表す指標をターゲットストレングス(TS)と呼び、音響調査では非常に重要な値です。このTSは生物の種類、大きさ、使用する超音波の周波数、生物への音の入射方向などの要因によって変化します。そのためこれまでに様々な生物のTSが調べられてきました。生物のTSを知る方法は主に二つあり、一つはテグスなどを使って生物を水中に固定して実際に超音波を当てて跳ね返ってきたエコーからTSを知る方法、もう一つは生物の形状や体表面での音の反射のしやすさを考慮した音響散乱モデルを使ってパソコンで計算する方法です。実際にTSを測定できれば生物の真のTSを知ることができますが、いろいろな大きさの生物を用意して、いくつもの周波数を使い、音波入射角を変化させて実験を行うのは手間がかかります。そこで、音響散乱モデルを使います。いくつかの大きさ、周波数などでTSを実測し、音響散乱モデルと比較して、音響散乱モデルがある程度正しいことが確認できれば、実際の生物量推定の時には音響散乱モデルで計算したTSを使うことができます。魚類の場合は生物のサイズが大きいので昔からTSの実測が行われ、各魚種に適した音響散乱モデルが調べられてきました。一方で、動物プランクトンの場合はナンキョクオキアミのような大型の種(最大体長60 mm)ではいくつか実測例がありますが、カイアシ類サイズの種(体長10 mm以下)ではTSの実測は不可能でした。

しかし、近年では計測技術の発達によりカイアシ類のTSの実測が可能になってきました。澤田ら(2006)は、ノイズの影響を極力抑え、−100 dBまでTS測定が可能な実験システムを開発しました。そしてそのシステムを使って、Sawada et al. (2011)は尾叉長65 mmのハダカイワシ類のTSを、福田ら(2012)は北海道から東北沖に生息するツノナシオキアミ(体長約10~20 mm)のTSをそれぞれ実測しました。また、このTS測定システムを使って日本の北部沿岸に多く生息するカイアシ類の一種であるNeocalanus cristatus (体長8 mm前後)のTSの実測も行いました。Figure for acoustic scattering of Copepodaは、N. cristatusのTSの実測値と音響散乱モデルによって計算した値を比較した結果です。左側が測定した生物の写真、右側のグラフがTSの測定結果を表しており、横軸は音の入射方向、縦軸はTS、黒点は実測値、赤線はモデル推定値です。N. cristatusは春頃に大量発生する植物プランクトンを食べ、体内に油をため込み油球というものを形成します。図中の上側が油球をほとんど持っていない個体、下側が大きな油球を持っている個体です。油球を持っていない個体では、TSの実測値とモデル推定値が真ん中付近で山形になり一致しています。両端が一致していないのは、測定限界によるものです。一方、油球を持っている個体では実測値は下に凸型、モデル推定値は上に凸型となり両者が一致しておらず、これまでの音響散乱モデルが使用できないことがわかります。今後は、油球を持っているカイアシ類のTSも計算できる音響散乱モデルを開発する必要があります。

福田美亮・北海道大学水産学部・特任助教

参考文献

澤田浩一・石井 憲・安部幸樹・甘糟和男、2006. 小型水槽でのターゲットストレングスの測定限界 ―ターゲットストレングス測定−100 dBへの挑戦―. 海洋音響学会講演論文集69-72.

Sawada K. et al. (2011) In situ and ex situ target strength measurement of mesopelagic lanternfish, Diaphus theta (family myctophidae). J. Mar. Sci. Tech. 19, 302-311.

福田美亮・向井 徹・澤田浩一・飯田浩二 (2012). 懸垂法を用いたツノナシオキアミEuphausia pacificaの側面方向ターゲットストレングス測定. 日本水産学会誌 78, 388-398.

18 March 2022 posted

カイアシ類を対象とした商業漁業

動物プランクトンを対象とした漁業は、オキアミ類に関しては、南極海におけるナンキョクオキアミEuphausia superbaを対象とした漁業が有名であり、日本でも東北太平洋沖でツノナシオキアミEuphausia pacificaを対象とした漁業が行われています。しかし、カイアシ類を対象とした漁業はあまり知られていません。しかし、ノルウェー(ノルディック海)ではカイアシを対象とした漁業は目新しいものではなく、すでに1950年代後半からフィヨルド地域で行われていました。その当時は、試験的に小型のビームトロールや日本のこませ網のようなアンカーで袋網を固定する漁法が用いられており、年間の漁獲量が20-50トンと規模の小さい漁業でした(Figure 1; Wiborg 1976改変)。この漁業で漁獲されたカイアシCalanus finmarchicusはサケ養殖の餌や観賞魚用の餌として利用されていました。その後、1990年代に入り再びオキアミやカイアシなどの動物プランクトンの利用に関する関心が高まり、2010年代以降Calanus finmarchicusを対象とした試験操業がCalanus ASという企業により行われています。そして、近年、ノルウェーは同種を漁獲対象種と定め、2019年には年間254、000トンの漁獲枠を設定しています (Nutraceutical 2019)。

Calanus ASの事業では、大型のトロール船によってカイアシ用に新たに開発された専用のトロール網を用いた操業が、同種の分布する水深50 mまでの水深帯を対象として行われてきました。漁獲されて網に入ってきたカイアシは、網を揚げることなく水中ポンプでリアルタイムに船上に汲み上げられ、船内の設備で迅速に冷凍ブロックに加工されるという規模の大きな漁業です。2018年以前は、ポンプを使用せず漁獲して揚網するという通常の操業が行われていました。その時に用いられていた網のサイズは網口付近で幅が最大12 m、高さが最大8 mとなっており、漁獲量は1時間あたり最大約2トンと報告されています (Grimaldo and Gjøsund 2012) 。操業の特徴としては、魚類を漁獲するためのトロール網がおよそ3 – 4 ktで曳かれるのに対して、0.5 – 1.5 ktというとても遅い速度で曳かれるという点が挙げられます。これは、主に2つの理由によります。一つは、カイアシという非常に小さい生物を漁獲するために、非常に細かい網目の網を使用しているためです。すなわち、網を速く曳いた場合、網の抵抗がとても大きくなり、船体に負荷を与えるだけでなく、燃料消費も大きくなります。当初は、長時間操業した場合に生じるカイアシによる目詰まりによってさらに状況は悪化しましたが、現在はポンプの使用によりこの問題は大幅に解消されています。二つ目は、生態系保全の観点からであり、できる限りカイアシ類以外の生物の混獲を避けるためです。魚のように遊泳力のある生物であれば、遅い速度で曳かれているトロール網を容易に回避することが可能です。このように、ノルウェーではこれまでの試験操業を通して、浅海に分布するカイアシであるCalanus finmarchicusを対象とした漁具や漁法は概ね確立されています。しかし、深海域に分布するカイアシ類については、これまで検討された例はありません。

Figure 1. ノルウェーのカイアシ漁業で用いられた漁具の概要図. Wiborg (1976)より引用し一部改変.

藤森康澄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

Wiborg, K. F. (1976). Fishery and commercial exploitation of Calanus finmarchicus in Norway. J. Cons. int. Explor. Mer. 36, 251-258.

Grimaldo, E. and Gjøsund, S. (2012). Commercial exploitation of zooplankton in the Norwegian Sea. The Functioning of Ecosystems (Ed. M. Ali), InTech. DOI: 10.5772/36099.

Nutraceutical, business review (2019 Dec 9).

18 March 2022 posted

カイアシ類-新たな水産脂質供給源として

植食性動物プランクトンであるカイアシ類は植物プランクトンの生産物を高次生物に受け渡す、食物連鎖の“肝”としての役割を担っています。魚の油には健康に良いエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)といったn-3系多価不飽和脂肪酸(PUFA)が多く含まれることはよく知られていますが、一般に動物は自身でこれらn-3PUFAを合成できません。魚類は、EPAやDHAを生合成できる植物プランクトンを食べたカイアシ類をエサにすることで、体内にn-3PUFAを蓄積しています。カイアシ類は、海洋の動物プランクトンのバイオマスの約80%を占めることから、n-3PUFA供給においても食物網の重要な地位にあると言えます。

昨今は日本だけでなく世界的にも安定した漁獲は困難な状況にあり、水産養殖魚の飼料や食品サプリメントなどに使われる魚油資源の確保が大きな課題になっています。これに対する策の一つとして注目されるのが、動物プランクトンや小型甲殻類の活用です。カイアシ類は、コペポダイト5期と呼ばれる成長段階では大規模な鉛直下降移動により中・深層で休眠し、卵生産を行うため、表層にいる間に植物プランクトンから栄養を取り入れ体内に多量の脂質を蓄積します。この時、n-3PUFAも豊富に蓄えられるため、高次捕食者である魚類の養殖において非常に価値の高い飼料原料になることが期待できます。

一方、種にもよりますが多くのカイアシ類が体内に蓄積する脂質は主にワックスエステル(WE)であることが報告されています(Richard et al., 2006) (Figure 1)。特にNeocalanus属やCalanus属のWEではn-3PUFAの組成割合が高いことが分かっています(Figure 2、Table 1)。これは魚油のトリアシルグリセロール(TG)形態やクリルオイル(オキアミ類の油)のリン脂質(PL)形態と違った、カイアシ類に特有なn-3PUFA脂質です。WEは脂肪酸と脂肪族アルコールの種類により多様な構造を持ちますが、アブラソコムツなどの深海性魚類が有するWEは消化できないため、食べると下痢を起こすことが知られています。ところがn-3PUFA結合型WEを多く含むカイアシ類の脂質では、一日2 gや4 g摂取しても下痢症状が見られず安全性に問題がないことや、EPAやDHAの摂取源として有用であることを示したヒト介入試験の結果が報告されています(Cook et al. 2016; Tande et al. 2016)。

Figure 1. Structure of WE in copepod.
Figure 2. Lipid composition in Calanus finmarchicus.

Table 1. n-3 PUFA ratio in TG and WE.

最近は食糧問題の解決策の一つに昆虫食が注目されています。たんぱく質や脂質リッチな昆虫は栄養価が非常に高いと考えられます。一方、脂質を構成する脂肪酸にEPAやDHAはほとんど含まれていません。餌の植物に由来するαリノレン酸が含まれることはあっても、ヒトの生体内でαリノレン酸からDHAまで変換される割合はほんのわずかで多くても10%に満たない(Burdge et al. 2002; Burdge and Wootton 2002; Plourde and Cunnane 2007)ため、直接EPAやDHAを摂取できる点でカイアシ類はより優れた栄養供給源になるかもしれません。

また、カイアシ類が蓄積する脂質は鮮やかな赤色をしており、海洋性カロテノイドの一つアスタキサンチンが含まれます。アスタキサンチンは優れた抗酸化作用を示し、最近では化粧品や機能性食品としても製品化され広く認知されています。しかしながら、これまでに有機合成したアスタキサンチンが養殖魚の色揚げを目的に使用されてきましたが、ヒトが摂取できる天然由来アスタキサンチンの供給源はオキアミやヘマトコッカス藻などに限定されています。したがって、カイアシ脂質は天然のアスタキサンチン供給源として有用資源になり得ると考えられますが、食品として摂取した場合のアスタキサンチンの吸収性や機能効果の程度については今後の検討が必要です。

すでにノルウェーの会社ではCalanus finmarchicusを漁業対象とし、そのカイアシオイルを健康機能サプリメントとして販売を開始しています。一方、カイアシ類の脂質成分や組成は種や成長段階、採集海域などにより異なるため、より高機能な脂質を持つ種の特定や未知な機能性成分の新たな発見も今後期待されるところです。品質や安全性の担保、コストといった課題は多くあると思いますが、今後、日本近海でも採集されるカイアシ類が高機能な水産脂質供給源として活用されるようになる可能性も十分に考えられます。

別府史章・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Burdge, G.C., Jones, A.E., and Wootton, S.A. (2002). Eicosapentaenoic and docosapentaenoic acids are the principal products of alpha-linolenic acid metabolism in young men. Br. J. Nutr. 88, 355-363.

Burdge, G.C., and Wootton, S. A. (2002). Conversion of alpha-linolenic acid to eicosapentaenoic, docosapentaenoic and docosahexaenoic acids in young women. Br. J. Nutr. 88, 411-420.

Cook, C.M., Larsen, T.S., Derrig, L.D., Kelly, K.M., and Tande, K.S. (2016). Wax ester rich oil from the marine crustacean, Calanus finmarchicus, is a bioavailable source of EPA and DHA for human consumption. Lipids 51, 1137-1144.

Plourde, M., and Cunnane, S.C. (2007). Extremely limited synthesis of long chain polyunsaturates in adults: implications for their dietary essentiality and use as supplements. Appl. Physiol. Nutr. Metab. 32, 619-634.

Richard, F.L., Wilhelm, H., and Gerhard, K. (2006). Lipid storage in marine zooplankton. Mar. Ecol. Prog. Ser. 307, 273-306.

Tande, K.S., Vo, T.D., and Lynch, B.S. (2016). Clinical safety evaluation of marine oil derived from Calanus finmarchicus. Regul. Toxicol. Pharmacol. 80, 25-31.

18 March 2022 posted

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