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Site opening on 1 January 2022
幸多き年でありますように
新年あけましておめでとうございます。2022年が、皆様にとって、幸多き年でありますこと、祈念しております。
魚介藻類は慶事の象徴として食卓を飾ることが多く、魚食文化が根強い日本では、なお一層のことです。正月のおせち料理では、一年の鋭気をやしなう事始めの食として、サケ、コンブ、アワビ、タイ、ニシン、イワシ、タラ、ブリ、エビ、ハマグリなどなど、多種多様な水産物が彩りを添えます。長命・飛躍・発展・繁栄など、ハレの日に相応しい食材が選ばれている意味を再確認しつつ、海の恵みを楽しむ良い機会になります。もちろん、畜産物・農産物など大地の恵みと、年酒なども添えて、新年の食初めを堪能いただけると幸いです。
地域特有の伝統や習慣の中で、地場の旬の魚が、正月の料理として食卓にあがることも少なくありません。ナマコもその一つ。ナマコは、12月から1月ごろが旬で、青森県、兵庫県、長崎県などでは、豊穣の象徴として、旬のナマコが食卓にあがる家庭があるようです。新鮮なナマコは絶品です。特に、触手と管足が赤い赤型のマナマコ Apostichopus japonicus Selenka (Figure)は、その色の鮮やかさ、食材の希少性から、価値が高く、正月の料理として喜ばれる食材です。兵庫県の明石市と北海道の乙部町の市場で、赤型を見たことがありますが、ハレの日の食材として選ばれることが納得できる外観をしています。
ナマコの中でも、北海道産のマナマコは、アジア圏で取引きが多くなっている水産物の一種です。しかしながら、過剰な漁獲により天然資源は少なくなり、絶滅危惧種のリストにも掲載されてしまいました。北海道大学水産科学研究院および環境科学研究院は、北海道大学出身者の多い北海道立総合研究機構(道総研)と、マナマコの増養殖技術の開発と改良を進めるための様々な共同研究を行っており、ナマコのコンテンツでは、その増養殖や資源増産に関わる先進的な研究成果の一端も紹介していきます。
なお、色調が異なるマナマコの分類は議論の余地が残されていますが、種形容語(種小名)に「日本に」という命名がなされていることを慎重に考え、かつ国際自然保護連合 (IUCN)やWorld Register of Marine Species (WORMS)といった国際的な組織で使われ続けている国際的になじみ深い学名であることから、このナマコのコンテンツでは、マナマコはApostichopus japonicusとして表記します。今後、このグループの客観的な分類が進展することを願っています。
最後に、ナマコは、外観がグロテスクですが、独特の食感から、味わう価値が高い魚のひとつです。また、滋養強壮の成分も含まれており、その観点でも、好まれる食材です。ナマコのコンテンツの公開を機に、この種の海洋動物に対する世間の認知度が向上し、資源保全や資源生産の研究などに加え、未知の部分が多い動物のバイオロジーが高度に進むことを願っています。2022年が、海洋生物の基礎研究のみならず、海の生物の持続的生産や食・医薬などへの利活用が高度に進展する一年になることを祈念しております。
FoM Editorial
Figure: 唐津の赤型マナマコ.
1 January 2022 posted
マナマコの分類の変遷
マナマコの種の学名を表すために使用可能なもの(動物命名法ではこれを「名義種」と呼びます)はこれまでに4つ提唱されてきました。命名法の規則では、1つの種のなかに複数の名義種が含まれている場合、それらのうちで最も優先権の高いもの(通常最も古いもの)を参照する、という決まりになっています。同様に、属の学名を表すには、その属に含まれている最も古い「名義属」を参照します。
4つの名義種のうちの2つ(Holothuria armataとStichopus japonicus)はドイツの動物学者エミール・ゼレンカEmil Selenkaによって1867年に設立されました。ゼレンカが研究に用いた標本は、当時創設されて間もなかった米ボストンにあるハーバード大学比較動物学博物館に収蔵されていたものであり、ルイ・アガシーによってゼレンカに貸与されたようです。Holothuria armataの標本(Figure Type specimens A)は函館で採集されたものですが、Stichopus japonicusの標本(Figure Type specimens B)の産地は「日本」ということ以外、いつどこで誰によって採られたのか判然とした記録が伝わっていません。その翌年、同じくドイツの動物学者カルル・ゴットフリート・ゼンペルKarl [Carl] Gottfried SemperはゼレンカのHolothuria armataをシカクナマコ属に移してStichopus armatusと呼びました。
3番目はStichopus japonicus typicusで、これは正確には名義亜種と呼ばれるべきであり、しかも当初は変種Stichopus japonicus var. typicusとして公表されました(「var.」は変種を表すラテン語「varietas」の略語)。これを設立したのはヨーアン・ヤルマル・テエルJohan Hjalmar Théelで、1886年のことでした。国際動物命名規約における変種名と品種名の扱いはやや込み入っており、1960年よりも後に公表されている場合は基本的に規約の範疇外という扱いなのですが、1961年よりも前に公表されている場合、一定の条件を満たしていればそれは亜種とみなされる事になっています。テエルは19世紀に世界を一周したイギリスの科学探検船チャレンジャー号によって採集されたナマコ類の報告書執筆を依頼されたスウェーデンの動物学者です。Stichopus japonicus var. typicusの名前が基づいている標本は1875年5月に日本で採集された事になっています。これが日本のどこなのかという詳細は伝わっていませんが、チャレンジャー号の航海記録によれば横浜から本州太平洋岸に沿って瀬戸内海までの間のどこかであるようです。
4番目はエルンスト・アオグスティンErnst Augustinによって1908年に設立されたStichopus roseusです。アオグスティンはライプツィヒ大学動物学教室のカルル・クーン教授の指導を受けた学生だったようですが、詳細は伝わっていません。アオグスティンがまとめた『日本のナマコについて』(Über japanische Seewalzen)という題の論文は、1904~1905年に東アジアを訪れたドイツ人動物学者フランツ・ドーフラインが採集したナマコ類の標本に関する分類学的な研究をまとめたものです。Stichopus roseusは1904年に神奈川県の油壺で採集された標本に基づいています。
19世紀末から20世紀初頭に日本産のナマコ分類学の礎を築いた東京帝国大学の箕作佳吉と九州帝国大学(東大も兼任)の大島廣はこれら4つの名義種が単一の分類学的種に含まれるとみなし、それをStichopus japonicusと呼びました。その後1980年には中国科学院海洋研究所の廖 玉麟Liao Yulinによってマナマコ属Apostichopusが設立され、マナマコの学名はApostichopus japonicusとして今日に到っています。
マナマコには「アカ」(赤型)、「アオ」(青型)、「クロ」(黒型)という3つの色彩多型と、イボが多く北日本に分布している「北方型」と、イボが少なく南日本に分布する「南方型」という形態的な多型が知られています。これらの多型のうち、「アカ」と「アオ・クロ」は2つの異なる生物学的な実体として区別できるかのような形態・生態・遺伝・発生学的な観察事実が報告されています(山名2020)。ただし両者の間には少なくとも人工的な交配実験では雑種が生ずることから、生殖的な隔離は不完全であるようです(Yoshida et al. 2011)。このような場合、拠って立つべき同種・別種の判断基準が竹を割ったように単純明快には適用できません。実際のところ、倉持・長沼(2010)が提唱した、マナマコ(和名)=「アオ・クロ」型(多型)=Apostichopus armatus(学名)およびアカナマコ(和名)=「アカ」(多型)=Apostichopus japonicus(学名)、という対応はWoo et al. (2017)を除く研究者たちには殆ど全く受け入れられていないようです(山名 2020)。
マナマコの種分類のための判断材料はまだ足りない点も多いため、今後も「アカ」対「アオ・クロ」(あるいは北方型と南方型)の間の連続性と不連続性に関して説得力のある科学的なデータを蓄積する努力は継続されるべきでしょう。特に、種の学名を決めるために必要なのは函館産Holothuria armata Selenka, 1867のトポタイプ(=タイプ産地由来の標本)と本州産Stichopus japonicus Selenka, 1867のトポタイプを含めた形態学・遺伝学的な解析です。しかし生物学的種概念の適用によって画然と分ける事が出来ない場合の種の学名の適用に関する最終的な判断のための根拠は、認識される側の生き物たちにではなく認識する主体であるわたしたちの側に求められることになります(どの程度雑種ができれば別種か、というような基準がないため)。つまりそれは科学的な判断というよりは、意思疎通における実際上の有用性や、名前を使う人々の多寡や思惑によって決まっていくだろう、という事です。「実際上の有用性」とは、例えば仮に「『アオ』よりも『アカ』の方が市場価値が高いのだが資源量が少ないため国際的な取引の規制や保全が必要である」ような状況があったとして、「異なる種の学名が当てはめられていた方がその目的を達成するのに都合がよいだろう」と判断されるような場合のことを指します。逆に「2種の異なる学名を導入したならば、その後に生じる混乱の方が多いだろう」と判断されるならば1種の学名を使い続けたほうが無難でしょう。仮に「マナマコ」を2種とみなしてそれらに対して異なる学名を適用することにするのであれば、専門家以外でも容易に種を同定できることを助けるような様々な方途(例えば遺伝子マーカー・図鑑・検索表・ウェブコンテンツなど)を開発することによって、「正しい」学名の使用を普及するような活動も必要とされるでしょう。
柁原宏・北海道大学大学院理学研究院・准教授
参考文献
倉持卓司・長沼毅 (2010) 相模湾産マナマコ属の分類学的再検討. 生物圏科学 49: 49–54.
山名裕介 (2020) 日本産ナマコ類の水産学的・分類学的研究における最近の動向. 日本ベントス学会誌 75: 6–18.
Yoshida W., Ishida S., Ono K., Izumi S., and Hasegawa K. (2011) Developmental styles and larval morphology of hybridized sea cucumbers (Echinodermata: Holothuroidea). Invertebrate Reproduction & Development 56: 249–259.
Figure ハーバード大学比較動物学博物館(MCZ)に収蔵されているマナマコのタイプ標本. A, Holothuria armata Selenka, 1867のシンタイプ標本(MCZ HOL-741). B, Stichopus japonicus Selenka, 1867のシンタイプ標本(MCZ HOL-763). Woo et al. (2017)より(©Magnolia Press).
1 January 2022 posted
ナマコの利用
現在世界中にナマコの仲間は1,400種いるといわれていますが(Puecell 2010)、このうち熱帯から亜寒帯にいる94種ほどが食用にされています(FAO 2004) 。日本では、平安時代からナマコが朝廷への献上品として利用されていたことが石川県で出土した木簡(732年)や延喜式(905年)に残っています(垣内・木超 2012)。
現在世界中では59,187tのナマコ類が漁獲されています。一方で、176,500tが養殖されています。驚くことに、養殖の97.3%は中国で生産されていることから、世界全体の漁獲量の2.9倍に達するナマコを、中国は自国で養殖していることになります。我々がイメージする日本の養殖の規模に比べ、中国で行われている養殖の規模は圧倒的に規模が大きく、企業では摩周湖ほどもある海域(周りを堰堤で囲んだ浅海域)にナマコの種苗を放流し、随時回収しています(写真1)(酒井・中尾 2007)。
近年、北海道で漁獲されているマナマコは年間2,000t前後で、多くは香港経由で中国に輸出されています。中国への輸出は、元禄時代(1690年ごろ)からと言われていますが、北海道産のナマコは江戸時代の文化年間(1804~1818年)から輸出され始めました。北海道のマナマコは、現在、世界で流通しているナマコ類の中でも最高級品とされており、高値で取引されています。
酒井勇一・函館水産試験場・主任主査 (北海道大学大学院水産学研究科・修士課程修了)
参考文献
Purcell S. W. (2010) Managing sea cucumber fisheries with an ecosystem approach. FAO Fisheries and Aquaculture Technical Paper, Rome, FAO, 520.
FAO (2004) Commercial species in the world (Proceeding of the CITES workshop on the conservation of sea cucumbers in the families Holothuriidae and Stichopodidae.
垣内光次郎・木越祐馨 (2012) 能登のナマコ生産と食用文化史の研究. 金沢大学考古学紀要, 33: 63-82.
酒井勇一・中尾博己 (2007) 中国のナマコ養殖事情(視察報告). 北水試だより75号12-17.
1 January 2022 posted
人気種マナマコ
中国では、上海以北とこれ以南で、好まれるナマコのタイプが異なります。前者では疣立ちが良いタイプ※を好みます。その中でも最も人気で高級品として扱われているのがマナマコ (Apostichopus japonicus)です。マナマコは鹿児島以北の日本海周辺域からサハリンまでの温帯から亜寒帯域に分布していますが、産地によって色調や疣立ち※が異なり、特に赤型は遺伝的に、他の型とは異なるようです(Kanno et al. 2006)。
冬至に三杯酢などにして食べる赤型のナマコは、かねてから西日本の風物詩で需要も多いことが知られています。一方、2004年以降、乾燥品としての需要が高い青型のナマコ(Figure 青型マナマコ)、特に北海道のものが高騰しました。これにより、北海道では、種苗放流による資源添加の要望も急増しました。
人工種苗は天然個体に比べ生殖に参加する親の数も少なく、異なる産地の親を使ってしまうと、遺伝的な多様性を損なうリスクがあります。そこで、こうしたリスクを回避し、種苗放流による影響をモニターするために、種苗放流が盛んになる前の2010年に、在来個体の遺伝子型を調べました。核DNAの8マイクロ座のアリル頻度やmtDNAの16S rRNAからCOI領域の866 kbの塩基配列分析では、それぞれ主要な道内14か所と12か所で顕著な差は認められませんでした(北海道立総合研究機構栽培水産試験場・東北大学大学院農学研究科 2013)。一方で、放卵卵径や幼生の浮遊期(北海道立栽培水産試験場・稚内水産試験場 2009)には道内でも地域差があることが分かっており(図1)、上述の遺伝情報だけでは、多様性の変化を把握できていない可能性もあります。
資源の保全と漁業を両立させるためにも、今後さらにマーカーを増やすなどして詳細な分析を進めより良い資源管理方策を開発してゆく必要があります。
※背面にある疣足がはっきり目立つほど薬効が高いとされています
酒井勇一・函館水産試験場・主任主査 (北海道大学大学院水産学研究科・修士課程修了)
Figure: 北海道産マナマコ青型.
参考文献
Kanno M., Suyama Y., Li Q., Kijima A. (2006) Microsatellite analysis of Japanese sea cucumber, Stichopus (Apostichopus) japonicus, supports reproductive isolation in color variants, Mar. Biotech. 8: 672-685.
北海道立総合研究機構栽培水産試験場・東北大学大学院農学研究科 (2013) マナマコ放流用種苗生産指針.
北海道立栽培水産試験場・稚内水産試験場(2009) マナマコ人工種苗の陸上育成マニュアル 北海道立栽培水産試験場.
1 January 2022 posted
マナマコの資源添加
北海道は、我が国のマナマコの一大産地ですが、道総研で開発・改良した技術など(北海道立栽培水産試験場・稚内水産試験場 2009; Sakai 2015; 酒井 2012)を基に、漁業協同組合や町村が中心となって、様々なサイズの種苗を生産・放流しています(図2)。生産された種苗は、海へと放流されています。
農業で種や苗を畑に植えて大きくなったら収穫するのと同様、海で行う栽培漁業では、小さい種苗ほど食害などのリスクにさらされるなどして生き残りは低くなると考えられています。一方で、大きい種苗を作ろうとすれば飼育期間は伸び飼育スペースも必要になるため種苗単価は高くなります。
大きく安い種苗を生産するためには、好適な餌料が必要で、ナマコの摂餌・消化や腸内細菌の役割に関する研究が北大で取り組まれています。
また、こうした技術をバックボーンに新たな餌料を開発して種苗生産現場で使える好適な餌料の開発も、国(現水産資源研究所)とともに進めてきました(酒井・前田 2010)。
酒井勇一・函館水産試験場・主任主査 (北海道大学大学院水産学研究科・修士課程修了)
参考文献
水産庁増殖推進部 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 公益社団法人 全国豊かな海づくり協会. 「栽培漁業用種苗等の生産・入手・放流実績(全国)」.
北海道立栽培水産試験場・稚内水産試験場(2009)マナマコ人工種苗の陸上育成マニュアル 北海道立栽培水産試験場
Sakai Y. (2015) Mass production of artificial seed of the Japanese common sea cucumber (Apostichopus japonicus) in Hokkaido, Japan. Bull. Fish. Res. Agen. 40:129-134.
酒井勇一 (2012) 種苗生産と栽培漁業. ナマコ学-生物・産業・文化-. 成山堂書店. pp. 143-168.
酒井勇一・前田高志(2020)マナマコ初期餌料の開発. 試験研究は今912号.
1 January 2022 posted
放流効果
大きい種苗を作るにはコストがかかり、スペースが必要になるため生産数は少なくなります。小さい種苗の放流であれば、このコストを抑えられるので、道総研函館水産試験場ではDNAマーカーを用いた追跡調査を行い、プランクトンとして漂う時期を終えて底生生活に移行した直後の0.3-0.4 ㎜の稚仔をはじめ、様々なサイズでの放流効果について検討しています。この結果、着底稚仔でも漁獲資源に添加すること(Sakai and Kanno 2017; 酒井 2014, 2015, 2016)や放流種苗が10年以上生き残ることを確認しています。
放流効果を高めるためには放流の適地の検討も必要です。これには、生残率や行動範囲を知る必要があります。親ナマコサイズの個体に超音波発信機をつけた調査で、季節的に移動する範囲や1日当たりの移動速度が異なること、さらに動かないといわれていた夏眠期でも狭い範囲ながらも活発に動いていることが分かってきました。
また、これまで1 cm程度の幼ナマコはマコガレイ、ケムシギンポ、ギスカジカなどの魚類、ヤドカリの仲間であるケブカヒメヨコバサミをはじめとする甲殻類やキタムラサキウニなどに食害されることが分かっています。体長3 cmほどの幼ナマコは、底質を垂直方向にも移動できることが分かってきていますが、こうした垂直方向への移動は、食害から身を守ることにも役立っているかもしれません。
今後こうした生態調査はマナマコ種苗の効率的な資源添加方法のほか、どういう時期にどういう場所を保護することで資源保護と漁業を両立できるのかなど、様々な技術開発に展開できると考えています。
酒井勇一・函館水産試験場・主任主査 (北海道大学大学院水産学研究科・修士課程修了)
参考文献
Sakai Y. and Kanno M. (2017) Stock enhancement program of Japanese common sea cucumber Apostichopus japonicus in Hokkaido and a trial to reveal its effectiveness using microsatellite DNA markers, Fish Genetics and Breeding Science 46, 1-6.
酒井勇一 (2014) 放流したマナマコ種苗の移動と成長について. 試験研究は今767号.
酒井勇一 (2015) 日本海南西部に放流したナマコ種苗の行方. 試験研究は今793号.
酒井勇一 (2016) 続・日本海南西部に放流したナマコ種苗. 試験研究は今815号.
1 January 2022 posted
稚ナマコの最大の捕食者
マナマコは、北海道から九州まで日本列島沿岸域に幅広く分布する水産有用種です。一方で、本種は2013年にIUCN絶滅危惧種に指定され、日本においても資源量は減少しています。そこで、マナマコ資源回復のための取り組みとして、種苗放流が実施されています。これは、陸上施設である程度まで育てた稚ナマコを、海に放流するというもので、日本全国で行われています。放流は、海底に直接撒いたり、ナマコ礁に収容したりします。しかし、せっかく放流した稚ナマコですが、ヒトデや肉食性巻貝に捕食されることで、生存率が低くなる(あまり生き残らない)ことがよく報告されておりました。ただ、その捕食量については、ヒトデ1個体が1日に最大で1.8匹の稚ナマコを食べる程度で、それほど高いとは認識されていませんでした。
北海道大学水産学部プランクトン研究室では共同研究機関である寒地土木研究所水産土木チームとともに、北海道の福島町で試験礁内に稚ナマコを放流し生残実験を進めていました。その実験の過程で、環境中にカニやヤドカリが多く出現した時に、稚ナマコの数が減少している事に気づき、ある調査の折、試験礁周辺で最も優占していたオオヨツハモガニ(Pugettia ferox)(Figure)の胃内容物を調べました(Inaba et al. 2021)。すると、マナマコに特有の骨片が多くの胃内容物に含まれていたのです。そこで、実験室に生きたオオヨツハモガニを持って帰り、稚ナマコと一緒に水槽で飼ったところ、オオヨツハモガニ1個体が1日で最大10匹もの稚ナマコを殺し、食べる事が分かりました。しかも、このカニは、稚ナマコを捕食するだけではなく、ナマコの破片を頭や甲羅に乗せ、擬態するとともに、それらを保存食として利用するというとても面白い特徴がある事も分かりました。今後、北海道から東北にかけて稚ナマコの種苗放流を行うときは、このカニによる食害を防ぐことが非常に重要になると考えられます。
松野孝平・北海道大学大学院水産科学研究院・助教
稲葉信晴・国立研究開発法人 土木研究所 寒地土木研究所・研究員
Figure: 稚ナマコを捕食するオオヨツハモガニ.
参考文献
Inaba N., Matsumoto T., Kawai H., Anaguchi Y., Matsuno K. (2021) Predation of juvenile Japanese sea cucumber Apostichopus japonicus by kelp crab Pugettia ferox. Front. Mar. Sci. 8: 684989 (HU PR).
1 January 2022 posted
化学資源としてのナマコ
ナマコからはこれまでに数多くの特有な化合物が報告されており、その数623にもおよびます(2021年10月26日現在 )。その多くはサポニンと呼ばれる化合物群です。植物ではサポニンを含有する種が多数存在しますが、動物でサポニンを産生するものはほぼナマコを含む一部の棘皮動物に限られます。
サポニンはステロイド部と糖鎖部の構造の違いにより膨大な種類が知られていますが、共通した性質として脂溶性のステロイド部と水溶性の糖鎖部からなる両親媒性の物質であり、水に混ぜると石鹸の様に泡立つ界面活性作用があります。その作用のため溶血活性(赤血球を破壊する作用)を持ち、また魚に対する毒性を示しいます。古くはサポニンを大量に含有する魚毒植物を用いた漁が世界中で行われていました(河津 1972)。
ところで、毒と薬は化学的には同じものであり、健常な人に使えば毒、病態の人に使えば薬となる生体に強い作用を及ぼす生理活性化合物であります。サポニンを大量に含有するナマコは生薬の一つ海参として滋養強壮や貧血および外傷への適用など様々な効能を示すとされています。また植物由来の生薬にも主要な成分としてサポニンを含むものは多いです。
日本近海でも一般的であり食用とされるマナマコの表皮から得られるサポニンの一種にホロトキシン類があります。ホロトキシンは構造の違いによりAからCの3種が知られていますが、いずれも皮膚病を起こす白癬菌やカンジダに対して顕著な生育阻害活性を示します (Kitagawaら 1976)。そこで、日本の企業においてホロトキシンを含む製剤が水虫治療薬として開発され、製品名・製品名・ホロスリンとして市販されています。
このマナマコから見つかったホロトキシンを含めて、サポニン類は一般的に非常に構造が複雑であり、人工的に合成する事は極めて困難であります。ましてや、市販するほどの量を合成化学的に生産するのは現在の技術でも全く不可能な話であり、今でもホロトキシンはナマコの抽出エキスから得られています。
また、ナマコからは特有のスフィンゴ糖脂質も多数報告されています(Malyarenko et al. 2021)。スフィンゴ 糖脂質は構造的には近年化粧品や栄養補助食品として話題の成分であるセラミド(正しくはグリコシルセラミド)と同じグループに属する化合物群です。スフィンゴ糖脂質は表皮におけるバリア機能改善作用があり、そこに着目してナマコ由来成分を含んだ石鹸や化粧水も数多く製品化されています。ただし、ナマコに含まれる特異なスフィンゴ糖脂質が優れた皮膚保護機能を示す可能性はありますが、外用あるいは食品として摂取した際にどれだけの効果があるのかは、今後さらなる科学的な検証が必要ではあります。
上述の通り、ナマコにはサポニンやスフィンゴ糖脂質の様に界面活性作用を示す物質が多量に含まれており、それらはナマコ特有の防御器官であるキュビエ管や表皮に蓄積されています。このことから、ナマコは石鹸の様な性質を持つ物質を外敵から身を守るための毒として利用していると推測されます(山﨑ら 1985)。この様な毒で身を守る化学防御機構は、動きが鈍くまた身を守る殻を持たない海洋底生生物ではよく見られる仕組みです。これら海洋生物が生産する毒は、使い方によっては人の役に立つものが多数あり、ナマコにはまだまだ未利用な化学資源が潜在すると期待されます(Bordbar et al. 2011)。
藤田雅紀・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授
参考文献
河津一儀 (1972) 魚毒植物の活性成分:有機合成化学, 30: 615-628.
山﨑幹夫・中嶋暉躬・伏谷 伸宏 (1985) 天然の毒. 講談社サイエンティフィク.
Kitagawa I. et al. (1976) Saponin and sapogenol. XIV. Antifungal glycosides from the sea cucumber Stichopus japonicus selenka. (1). Structure of stichopogenin A4, the genuine aglycone of holotoxin A. Chem. Pharm. Bull. 24: 275-284.
Malyarenko, T. V. et al (2021) Sphingolipids of Asteroidea and Holothuroidea: Structures and Biological Activities. Mar. Drugs 19: 330-360.
Bordbar, S. et al. (2011) High-value components and bioactives from sea cucumbers for functional foods. Mar. Drugs 9: 1761-1805.
1 January 2022 posted
ナマコのマイクロバイオーム-1: ナマコの成長格差と腸内細菌
ナマコは新口動物上門棘皮動物門に属する底生生物で、ヒトが属する脊索動物門と系統を分かち合っています。世界で70種以上のナマコが食用として漁獲されてきましたが、乱獲などにより天然資源は減少し、マナマコApostichopus japonicusやバイカナマコThelenota ananasなどは絶滅危惧種に指定されてしまいました。ナマコの資源を持続可能な形で確保するため、日進月歩で増養殖技術の開発が進められ、北海道ではマナマコの種苗生産に成功しています。しかし、種苗生産の過程で、感染症や成長の著しい格差などが生じていて、安定的かつ集約的な増養殖に向け、研究が必要になっています。
このところ、腸内細菌、という言葉をよく聞くようになっています。ヒトでは、腸内細菌が、食べ物の分解や吸収、免疫系、脳や行動に大きな影響を与えるとの結果が示され始めていて、ヒトの生理に影響する一つの要素であると考えられています。プロバイオティクスと呼ばれる腸内細菌を利用した健康維持や疾病の治療も始められています。
原因究明が進まなかった、種苗生産過程で生じているマナマコ成長格差に、腸内細菌が関与していないか調べたところ、成長の良いマナマコの個体群の微生物叢には、ロドバクテリア目やデスルホバクテリア目の細菌の比率が高いことがわかってきました(Yamazaki et al. 2016)。中でも、成長の良い個体にはポリヒドロキシ酪酸(PHB)の代謝に関わる遺伝子を持つロドバクテリアの頻度が有意に高いこともわかってきました。PHBは、生分解性プラスチックの原料として注目されていますが、もともとは細菌が、炭素源が豊富で窒素源が少ない環境下で蓄積する細胞内顆粒で、細菌は飢餓生存するために貯蔵物質として使っています。面白いことに、このPHBは、アルテミアやチョウザメなどの水棲の動物に対し、成長を促進する効果が見いだされています。マナマコにとってもPHBを作る海の細菌が成長を高める良きパートナーであることが示唆されてきました。
澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
1 January 2022 posted
ナマコのマイクロバイオーム-2: 海底を耕す
ナマコ類は、摂餌行動に伴い活発に海底を撹拌することで、海底の浄化や物質循環の促進に重要な役割を担っていて、海底のバイオームの安定化に寄与しています。種苗生産現場で飼育されているマナマコの腸内細菌の中に、成長に寄与するものがいる可能性があったことから、天然のナマコの腸内細菌も調べることにしました。
一年間、凍える冬も、マナマコの腸内細菌の変化を追い続けたところ、マナマコが食べている海底の砂の細菌群集と腸内細菌のそれとは異なること、かつ両細菌群集とも季節ごとに連動して変化することがわかってきました(Yamazaki et al. 2019)。また、予想以上に多くの腸内細菌は、マナマコが食べている砂の細菌から来ていることもわかってきました。食べ物の砂よりも、マナマコの腸内で存在比率が高まるものの中に、ロドバクテリア目も含まれていました(Yamazaki et al. 2019)。マナマコは、海底を動き回りながら、海底の細菌たちを腸内に取り込み、マナマコの腸内に適応しやすいものを増やし、そしてそれを排泄していたのです。これを毎日繰り返し、まるで自身の腸内にあった微生物の畑を耕しているかのように見えます。
沖縄のナマコを4種調べましたが、マナマコと類似した結果が得られています。炭水化物代謝や異物代謝などの有機物分解ポテンシャルは、腸内で高いことから、ナマコは摂餌と排泄を繰り返し、自身にあった腸内細菌を育み、有機物分解を促進することで、ナマコの底質浄化や物質循環などに関与していることが再認識されました。
澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
1 January 2022 posted
ナマコのマイクロバイオーム-3: やはりコンブがお好き
ナマコは、自然界で何を食べているのでしょうか?
ナマコの食性は、調べる方法論が少なく、意外とわかっていませんでした。これが、優れた人工餌料の開発を妨げてきた一因です。先進的な遺伝子解析の手法を使い、マナマコが食べている藻類を調べました。その結果、キートセラスなどの珪藻は想定内でしたが、意外にも、秋にマコンブを好んで食べている可能性が見いだされました(Yamazaki et al. 2020)。マナマコは堆積物食者であるため、夏から秋にかけて生じやすくなるコンブ由来の微細な砕片を選択的に摂餌しているのではないかと考えています。実際に、コンブ類はナマコの人工飼料にも利用されることがあります。自然に学べ、北海道大学で建学のころから教えられている言葉を実感した次第です。
澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
1 January 2022 posted
ナマコのマイクロバイオーム-4:個性とレジリアンス
ナマコは再生能力が高い動物の一種です。食害から身を守るためや夏眠に備えて、消化管を吐出することがよく知られていますが、好適な条件であれば、2週間程度で消化管が再生します。消化管を吐出させない工夫や吐出しても消化管を再生させる時間を短くできれば、周年、ナマコの安定した成長が見込めます。
組織・器官の再生には、微生物も少なからず関わることが、マウスモデルを用いて、見いだされつつあります。そこで、マナマコにおいても、消化管再生に寄与する微生物を見いだすことに挑戦しています。マナマコを刺激して、人為的に、消化管を吐出させた後、消化管のマイクロバイオームがどのように変化するか、海中と実験室の水槽で調べました。しかも、個体ごとに隔離して。その結果、①数ケか月で、消化管のマイクロバイオームは、消化管吐出していない個体のそれと類似したものに復元すること、②数週間単位では、マイクロバイオームの回復に至る経過には個体差が観察されることが、わかってきました(Yamazaki et al. 2020)。マナマコの消化管マイクロバイオームにも、ヒトと同様に、個性とレジリアンスが観察されることがわかりました。今後、マナマコの消化管再生を助ける微生物の分離を目指して研究を続けていきます。
澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
Juwanwen Yu・北海道大学大学院水産科学研究院・博士後期課程・Hokkaido University DX Doctoral Fellow
参考文献
1 January 2022 posted
ナマコのマイクロバイオーム-5:パイオニア微生物
動物の体液には微生物は存在しない。我々ヒトを基準に信じてきた知識ですが、ナマコのマイクロバイオームを研究し始めて、ナマコの体腔を満たしている液体、つまり体腔液に、微生物が存在することがわかってきました。体腔液は海水と同定度の塩分であり、それぞれ類似した無機成分の組成であると考えられていますが、体腔液に存在する微生物は海水のそれとは若干異なり、イプシロンプロテオバクテリアと呼ばれるバクテリアが存在していることがわかってきました(Enomoto et al. 2012)。イプシロンプロテオバクテリアは、食中毒や胃がんの原因となるカンピロバクターやヘリコバクターが有名ですが、深海の熱水環境にも存在することがわかっており、海のイプシロンプロテオバクテリア研究を精力的に進めている研究者がたくさんいます。
この体腔液のバクテリアは、いったいどこから来たのでしょうか?
マナマコの受精卵をラボで育てながら、マナマコと共存する微生物をリスト化し、マナマコの成長や生体防御に有益な微生物コレクションを作るプロジェクトを開始しています(Yu et al. 2020)。マナマコは、受精卵から成長していく過程で、嚢胞期、アウリクラリア幼生の初期と後期、ドリオラリア幼生期、ペンタクチュラ幼生期を経て、稚ナマコに変態していきます。このプロジェクトの推進中に、アウリクラリア幼生からドリオラリア幼生に至る体腔が発達する成長段階で、体壁に小孔が通じていて、体腔と周囲の海水がつながっているとの知見があることを知りました。体腔の微生物の起源は、この幼生の頃に遡る可能性が高くなってきました。
生物は一人ぼっちではなく、無数の微生物たちとともに生きている。現在、この体腔液のマイクロバイオームにくわえ、マナマコに初めて接触し、共存共栄している微生物、パイオニア微生物、を獲得し、それらのマナマコに対する働きを知るための新たな挑戦を始めています。
澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
Juwanwen Yu・北海道大学大学院水産科学研究院・博士後期課程・Hokkaido University DX Doctoral Fellow
参考文献
1 January 2022 posted
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