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Fish of the Month rockfish

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Site opening on 31 March 2023

刮目して見る

春を告げる魚、ソイとメバル、のコンテンツを公開します。コンテンツに掲載した写真を見ていただくとお気づきになると思いますが、「目」がチャームポイントの魚たちです。この魚も漁獲量は右肩下がりになっているため、養殖するための研究が密やかに進んでいます。北海道大学大学院水産科学研究院で、ソイ・メバルの養殖プロジェクトを牽引する東藤孝准教授と平松尚志准教授のチームが最新の研究動向をまとめてくださいました。お二人ともサンプリングと趣味が紙一重な釣り人マスターとしても知られています。一子相伝の見事な魚拓の写真も提供していただきましたので、目を皿にして見つけてください。

Welcome photoは、お二人の研究グループで作り出したキツネメバルとクロソイの交雑種の幼魚です。成長が遅い、食感の評価にばらつきがあるなど、両親種の弱点を補う新たな交雑種として期待されています。ソイ・メバルの養殖を牽引できるような引き締まった顔をしています。特に、強い眼力が感じられます。

ソイ・メバルでは、交雑個体が見られ、分類は難しそうな魚種の一つです。キツネメバル? タヌキメバル? どっちがどっち? 北海道大学水産科学研究院の魚類分類の第一人者である今村央教授にも、ソイ・メバルの分類に関して、筆を執っていただきました。大衆の味から、高級魚へと仲間入りしつつあるソイ・メバル、その新たな知見を堪能ください。

FoM Editorial

31 March 2023 posted

メバル属魚類の名前のはなし

今回のFoMのテーマである「ソイ」と「メバル」は、どちらもカサゴ目Scorpaeniformesメバル科Sebastidaeのメバル属Sebastesに含まれる魚類の一般的な呼び名です。そのため、「ソイ」と「メバル」には分類学的な区別はありません。メバル属魚類はカサゴ目の中でも原始的な形態を持つ一群で、例えばカサゴ目の大特徴である、眼の周囲を取り囲む眼下骨と呼ばれる一連の骨格のうち、3番目の要素が後方に伸長することで形成される「眼下骨棚 」が未発達で、先端が尖り、後方に位置する前鰓蓋骨と離れるか、ゆるく結合します(Imamura, 2004)。ここでは「ソイ・メバル」のイントロダクションとして、メバル属魚類の名前について話題提供したいと思います(本文では和名の紹介にとどめます。学名は表をご参照下さい)。

ハツメの頭部側面図. 本種はメバル属魚類の中でも特に眼下骨棚が小さく、後方に位置する前鰓蓋骨とよく離れる(描画:今村 央)
イタリック(斜字体)で書かれた部分が学名で、前が属名、後ろが種小名を表す。学名の後ろの人物名は当該種を新種発表した著者を、その後ろの数字は新種発表した年を表し、これらは学名を構成しない。著者と発表年が丸括弧で括られていない場合は新種発表した時の属名が使われていることを示し、丸括弧でくくられている場合は新種発表した時と異なる属名が使われていることを示す。

メバル属魚類は世界から約100種が知られ(Love et al., 2002)、日本には32種が生息しています(本村, 2022)。日本産種のうち、「ソイ(またはゾイ)」の名前がついているのはゴマソイ、ムラソイ、オウゴンムラソイ、クロソイ、およびシマゾイの5種です。ムラソイ類は従来はムラソイ1種にまとめられたり(尼岡, 1984)、ムラソイ、オウゴンムラソイ、ホシナシムラソイ、およびアカブチムラソイの4亜種に分類されていましたが(中坊・甲斐, 2013)、現在はムラソイとオウゴンムラソイは独立した別種で、ホシナシムラソイはムラソイと、アカブチムラソイはオウゴンムラソイと同種とされています(Kai and Nakabo, 2013)。

シマゾイ(写真と標本:北大総合博物館所蔵)

一方、「メバル」の名前がつくのは14種で、アカメバル、シロメバル、クロメバル、ヨロイメバル、ヤナギメバル、トゴットメバル、カタボシアカメバル、コウライヨロイメバル、タケノコメバル、ウケグチメバル、エゾメバル、ウスメバル、キツネメバル、およびタヌキメバルが知られています。従来はコウライキツネメバルという種が知られていましたが、近年ではキツネメバルと同種と考えられています(Muto et al., 2018)。かつては標準和名としてメバルの名前を持つ種がいましたが、現在はアカメバル、シロメバル、およびクロメバルの3種に分けられています。

ウスメバル(写真と標本:北大総合博物館所蔵)

メバル属には「メヌケ」と呼ばれる魚類も含まれます。「メヌケ」は体が赤くて40–60 cmの大型になるメバル属魚類の総称で、こちらも分類学的には他のメバル属魚類と違いはありません。メヌケ類は深海性で、およそ200–1000 mの水深に生息します。漁獲されると深海より外界から受ける圧力が弱いために眼や胃袋が飛び出し、「目抜け」になるのがこの名前の由来です。「メヌケ」の名前がつくメバル属魚類はアラスカメヌケ、バラメヌケ、ヒレグロメヌケ、クロメヌケ、アラスカクロメヌケ、アラメヌケ、およびナガメヌケの7種です(ここでは本村, 2022にしたがい、サンコウメヌケを含めていませんが、中坊・甲斐, 2013のように本種を認める見解もあります)。このうちクロメヌケは、名前の通り体は黒みを帯びた黄色で赤くはなく、普通は水深200 m以浅に生息するため、いわゆる「メヌケ類」とは異なります。アラスカクロメヌケでも体は暗色で灰色から黒色のまだら模様があり、ナガメヌケでは暗灰色から黄金色まで変異しますが赤くはなく、これら2種も「メヌケ類」とは異なります。一方、オオサガとアコウダイには「メヌケ」の名前はついていませんが、どちらも赤くて大型になるため、メヌケ類に含まれます。オオサガにはオオメヌケの地方名もあります。このように、「メヌケ」の名はつくが「メヌケ類」とは異なる種、「メヌケ」の名はつかないが「メヌケ類」に含まれる種があり、ちょっとややこしいですね。

「目抜け」になったヒレグロメヌケ(写真と標本:北大総合博物館所蔵)

ややこしいついでにフトユビメヌケとベニメヌケにも触れておきます。両種ともメバル科に属し、名前に「メヌケ」がつきますが、前者はフトユビメヌケ属Adelosebastes、後者はホウズキ属Hozukiusに属し、こちらは分類学的にはメバル属Sebastesに属する「メヌケ類」とは異なります。形態的には、両種とも眼下骨棚の後縁は尖らずに幅があり、前鰓蓋骨に強く付着するなどの特徴を持ちます。

最後に、残りの日本産メバル属魚類として、ハツメ、ヤナギノマイ、ガヤモドキ、およびアカガヤの4種を紹介します。「ガヤ」の名前がつく種が2種いますが、一般に「ガヤ」と言えば、前出のエゾメバルを指します。こちらも少しややこしいのでご注意を。

今村央・北海道大学大学院水産科学研究院・教授/北海道大学総合博物館分館水産科学・館長

Figure シーボルトP. F. B. von Sieboldが編纂した「日本動物誌Fauna Japonica」に掲載されたクロメバルの描画(北大水産学部図書館所蔵図書)

参考文献

尼岡邦夫 (1984) フサカサゴ科. 益田 一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫 (編), pp. 296–303, pls. 276–283. 日本産魚類大図鑑. 東海大学出版会, 東京

尼岡邦夫・仲谷和宏・矢部 衞 (2020) 北海道の魚類 全種図鑑. 北海道新聞社, 札幌

Imamura, H. (2004) Phylogenetic relationships and new classification of the superfamily Scorpaenoidea (Actinopterygii: Perciformes). Spec Divers 9, 1–36.

Kai, Y., and Nakabo, T. (2013) Taxonomic review of the Sebastes pachycephalus complex (Scorpaeniformes: Scorpaenidae). Zootaxa 3635, 541–560.

Love, M. S., Yoklavich, M., Thorsteinson, L., and Bulter, J. (2002) The rockfishes of the Northeast Pacific. University of California Press, Berkeley and Los Angeles.

本村浩之 (2022) 日本産魚類全種目録. これまでに記録された日本産魚類全種の現在の和名と学名. Online ver. 18.

Muto, N., Kai, Y., and Nakabo, T. (2018) Taxonomic review of the Sebastes vulpes complex (Scorpaenoidei: Sebastidae). Ichthyol. Res. 66, 9-29.

中坊徹次・甲斐嘉晃 (2013) メバル科. 中坊徹次 (編), pp. 668–681, 1933–1938. 日本産魚類検索 全種の同定 第三版. 東海大学出版会, 秦野

Orr, J. W., and Blackburn, J. E. (2004) The dusky rockfishes (Teleostei: Scorpaeniformes) of the North Pacific Ocean: resurrection of Sebastes variabilis (Pallas, 1814) and a redescription of Sebastes ciliates (Tilesius, 1813). Fish Bull 102, 328–348.

Posted on 31 March 2023

メバルの産婦人科~メバル属魚類の増養殖に向けた研究紹介~

メバルやソイなどのメバル属魚類は、日本では煮つけや刺身など様々な和食の食材として利用されるほか、韓国や中国では、鍋や蒸し魚料理などに使われるなど幅広い料理法に対応できる食材であり、これらの国々ではメバル属魚類の放流や養殖がおこなわれています。一般に魚類の養殖事業は、安定的な種苗提供が前提となってはじめて成立します。また、出荷サイズまでの育成期間が長期化すると、その間の労務の増大や病気・事故による養殖魚の喪失などに繋がる危険性が高まります。そのため、養殖の研究は、安定した種苗生産や成長(生産量)改善に関連する技術開発に注がれる事が多いと言えます。

さて、大多数の魚類が卵生であるのに対し、メバル属魚類は仔魚を産する胎生魚です。魚でありながら、交尾、体内受精、妊娠という一連の過程を経て産仔に至る生殖様式は、基礎生物学では極めて興味深い研究対象と言えるでしょう。一方で、このような変わった生殖様式を持つがために、一般的な卵生魚類の養殖技術が適用できないこともあります。また、サケマス類、ブリ、マグロなどの養殖対象種と比較し、メバル属魚類の成長は遅く、その改善が養殖事業の成立に大きなカギとなります。本稿では、メバル属魚類に関する研究の中で、私達の研究グループが最近行ってきた(あるいは現在進行中の)研究例を中心にご紹介したいと思います。なお、以下の多くの研究は、北海道立総合研究機構栽培水産試験場および八雲町熊石海洋深層水総合交流施設・水産試験研究施設のご協力により実施されました。この場を借りてお礼申し上げます。

平松尚志・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

31 March 2023 posted

メバル属魚類の種苗生産

一般に魚類の完全養殖のスタートは、養殖対象となる魚を天然から捕獲し、それを親魚として利用することから始まります。得られた種苗は出荷に向けて育成すると共に、その中から、親魚を選び次世代の養殖種苗を得ます。この様な天然種苗に頼らない持続的な再生産サイクルを完全養殖と呼びます。完全養殖ができるようになると、その次の段階として品種改良などが可能となり、養殖の効率化が進みます。さて、メバル属魚類ですが、ここでは北海道でのクロソイ(Sebastes schlegelii)やキツネメバル(S. vulpes)の人工授精の例を紹介しましょう。当初、クロソイの種苗生産は自然交尾に頼っていたことから、未受精卵の放出、早産および死産などの問題が生じ(Noda and Nakagawa, 2010)、仔魚の確保は不安定でした。そのため、確実に仔魚を得られる人工授精技術の確立が望まれていました。胎生魚であるメバル属魚類の人工授精は、タケノコメバル(S. oblongus)で初めて報告されました(Miyauchi et al., 2011)。私達の研究グループによるクロソイの報告(Kawasaki et al., 2017)は2例目でしたが、冷水性のメバル属魚類では初めての報告であり、また産まれてきた仔魚が人工授精で用いた雄親由来であることをDNA鑑定で確認し、人工授精技術の有効性を証明したのも初めてでした。

人工授精の手順を説明しましょう(Fig. 1. Kawasaki et al., 2017)。北海道のクロソイやキツネメバルの場合、人工授精は交尾期である11月~12月ごろに行います。まず、①水槽に畜養してある親魚から、精子を蓄えていると思われる成熟した雄親と、その時期にはまだ卵巣発達が初期段階(卵黄形成初期~中期)であるものの、春までに成熟・排卵し、体内受精できる可能性のある雌親を選びます。どうやって選ぶの?という質問については、後ほど述べようと思います。次に、②雄を解剖し、貯精嚢(精子を貯める管状の器官)を取り出します。メバル属魚類の精子は非常に粘度が高いため、希釈液中で貯精嚢を細断し精子を抽出・希釈します。先述のタケノコメバルでは雄の尿を希釈液として用いていましたが、最近では入手の容易なウシ胎児血清(FBS)などで代用できることが分かりました。③希釈した精液は、雌の生殖孔に注入します。注入した雌を水槽に戻して畜養すると、約半年後の春に、5~6割程度の確率で1尾の親あたり数千~数万尾の仔魚が産まれます。自然交尾に頼っていたころは、妊娠魚を確保するために、数百尾の親魚を一つの水槽で飼育して交尾を促していたことを考えると、ずいぶんと確実になったと言えます。

Fig 1. メバル属魚類の人工授精(Kawasaki et al., 2017, Aquaculture Science, Fig. 1転用)。 T: 精巣、Sr: 貯精嚢、UB: 膀胱 Copyright © 2017 日本水産増殖学会 All Rights Reserved.

このように人工授精は成功したのですが、まだ改善すべき点があります。例えば、上述①のステップに関して、一部のメバル属魚種(キツネメバルなど)では、人工授精の時点で成熟している雄を選抜する際に、外見で区別をつけることが困難です。また、同時点で卵黄形成初期~中期の雌を外見で選ぶことはメバル属魚類全般において不可能です。この様な場合、血液検査でバイオマーカーを測定することで選別が可能となることがあります。例えば、血液中の性ステロイドホルモンは生殖腺発達と関連するマーカー候補です。しかし、それらの測定は抽出操作などを必要とし、比較的煩雑で高価なので養殖現場での実装にはハードルが高いという問題があります。その他、卵黄蛋白前駆物質であるビテロジェニン(Vtg)は、雌の卵発達のバイオマーカーとして知られる雌特異血清蛋白質です。私達の研究グループでは、このVtgを検出・測定する技術を開発し、産仔の可能性が高い雌を見分けるための技術基盤を構築しました(Fig. 2)。

Fig. 2. 酵素免疫測定法(Enzyme immuno-assay;上)およびイムノスティック 法(Immuno-stick;下)による雌親候補選定。 親魚から血液を一滴とり、雌特 異的な生殖マーカー蛋白質(ビテロジェニン)に対する特異抗体を用い、前者で はその血中量を定量、後者ではその存在を検出する。黄色や青色の発色を確認し、 人工授精時において卵黄形成を開始した雌親候補を選別できる。#1-6は個体番号 を示す。

一方で、性ステロイド以外の雄親候補選抜のためのバイオマーカーに関しては、これまで報告がありませんでした。もし、間違って雌や未成熟の雄を選んでしまうと、精子を得るために開腹しなければならないので、貴重な親魚を無駄に殺処分することになります。最近、私たちの研究グループは、メバル属魚類の交尾期の雄の尿に大量の蛋白質が存在することを明らかにし、その一つをlipocalin-type prostaglandin D2 synthetase(l-PGDS)と同定しました(Yamaguchi et al., 2023)。この尿蛋白質も含め、「メバル属魚類の雄尿蛋白質がどの様な生物機能を果たしているのか?」については基礎生物学的に非常に興味深く、研究を進めていますが、それについては別の機会にお話しすることとします。さて、このl-PGDSの研究の一環で、この抗体と反応する蛋白質成分(lipocalin-like protein: LLP)が血液中に存在することが明らかになりました(山口ら, 未発表)。そこでクロソイやエゾメバル(S. taczanowskii)でLLPの血中動態を調べたところ、同蛋白質は雄の生殖腺の発達に伴い増加することが明らかになりました。このことから、LLPは発達した精巣を持つ雄親候補の選別に有効なバイオマーカーとなると考えられ、今後、人工授精に活用できると考えています。

平松尚志・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

川崎琢真・栽培水産試験場・主査(北海道大学大学院水産科学院・博士後期課程修了)

参考文献

Kawasaki, T., Shimizu, Y., Mori, T., Hiramatsu, N., and Todo, T. (2017) Development of artificial insemination techniques for viviparous black rockfish (Sebastes schlegelii). Aquacult. Sci. 65: 73-82.

Noda, T. and Nakagawa, M. (2010) Cultivation fishing technology of rockfish Sebastes schlegeli. Cultivation Fishery Technology Series 15, 1-59. (In Japanese).

Miyauchi, M., Uehara, T., Chika, Y., and Mizuguchi, H. (2011) Seeding production of oblong rockfish. Kagawa Prefecture Fisheries Promotion Foundation Business Report 2011, 7-15. (In Japanese).

Yamaguchi, Y., Numgung, J., Nagata, J., Kawasaki, T., Hara, A., Todo, T., Hiramatsu, and N. (2023) Identification and characterization of lipocalin-type prostaglandin D2 synthase homologs in the urine of male rockfish. Gene 854, 147093.

31 March 2023 posted

メバル属魚類の生産効率の改善

話題をメバル属魚類の生産性向上に関する研究に変えましょう。冒頭に述べたように、メバル属魚類は比較的成長が遅く、出荷サイズ到達まで時間がかかる魚種と言えます。養殖魚の成長は給餌量のほか、育成環境(水温、光周期、飼育密度、換水量、溶存酸素量など)に依存し、さらに性別や性成熟度、遺伝的要因なども影響します。養殖の効率化には、これら成長に関わるファクターを光熱費・餌料費などのコストも考え最適化し、出荷までの育成期間を可能な限り短縮する必要があります。本稿では、給餌量や育成環境の最適化については別の機会にお話するとして、性統御や育種による生産性向上について、私達のグループで最近行ってきた研究例を紹介します。

クロソイは、メバル属魚類の中でも大型で、成長や成熟が比較的早いため増養殖例が多い魚種です。先行研究において、クロソイでは、雄よりも雌の方が大型化することが知られています(中川、2007)。一般に魚類は成熟すると成長が停滞します。クロソイは雄の成熟は2~3歳から開始するのに対し、雌の成熟はそれよりも数年遅れますので、年齢が進むにつれて、体サイズに雌雄差が出ることが予想できます。実際に当研究グループでも飼育試験をしたところ、2歳魚において、雄の平均体重は出荷想定サイズの500 gを超えなかったのに対し、雌は大きく超えており、もし雌だけを生産(全雌化)することができれば、雄雌混合で生産される場合(性比1:1と想定)と比べて、20%以上の生産増となります。またほとんどの雌は2歳魚で500 g以上となり出荷が可能であることから、育成期間を大幅に短縮できます。

この様な背景から、クロソイの全雌化技術の開発が望まれますが、私達は、先ず第1段階として雌の個体を雄に性転換した個体(「偽雄」と言います)を作り、第2段階ではこの偽雄と通常の雌を掛け合わせて全雌を作ることを考えています。クロソイの性決定様式は雄ヘテロ型:XX(遺伝的雌)-XY(遺伝的雄)であり、Y染色体を持つと雄になるわけですが、ここで、XX個体に雄性ホルモン処理を施すと性転換し、遺伝的にはXXなのに精巣を持つ偽雄ができます。この偽雄から精子を採取し、ホルモン処理していない通常の雌(XX)に人工授精すると、生まれてくる仔魚は全て雌(XX)となり全雌種苗ができます。現時点では、第1段階の偽雄作りに挑戦し、雄性ホルモン処理を行った場合、DNA鑑定による遺伝的性判別で遺伝的雌(XX)と判定した個体の100 %が雄の生殖腺を持つことが明らかとなりました。今後、この偽雄を育ててその精子を人工授精に用いることで、次の第2ステップが達成できると考えています。この偽雄親と通常雌親の交配で得られる仔魚は、全てXXですので雌になりますが、その遺伝子や血中の内因性ホルモン動態は通常XX雌と何ら変わることはありませんので、遺伝子変異などをベースとした品種改良よりも、自然に近い形での生産増量が達成できる技術と言えるでしょう。実際に養殖サーモンでは、この様な技術で作られた全雌種苗を使用した効率的な生産が広く行われています。

さて、水産学部がある函館市の市場には様々なメバル属魚類が売られています。中でも、キツネメバル(函館近辺ではマゾイと呼ばれることが多いです)は高級魚として知られ、脂肪分が多く味が良く、刺身や寿司ネタとして人気の魚です。一方で、クロソイも刺身や寿司ネタとして人気がありますが、脂肪分が比較的少なくさっぱりとした味で、時期によっては大型の個体が数多く漁獲されることから、旬の時期には、より庶民的なお手頃価格で楽しめる北海道民には馴染みの深い魚です。ここで、養殖魚として考えると、クロソイと比べ、キツネメバルは非常に成長が遅い魚です。キツネメバルの肉質が良いところを残しながら成長を良くするには育種が必要ですが、通常の育種は非常に長い時間と手間・コストがかかります。ここで、高成長などの優良形質を手早く獲得する育種方法の一つに交雑があります。

メバル属魚類は胎生魚であり、これまでは自然交尾に頼った種苗生産が実施されてきました。そのため、特定の優良形質を持つ個体を選び交配・継代を行う、いわゆる選抜育種は不可能であったのですが、上述した人工授精技術の確立により、これが可能となりました。現在、私達の研究グループでは、天然クロソイの親魚から種苗(F1)を作り、これを育てた養殖魚の中から高成長な個体を選抜し交配させることで、種苗(F2)を得る完全養殖に成功しました。このF2を育成・選抜しさらに交配、を数世代繰り返すことで、高成長で養殖に向く形質を持つ系統を作り出すことができます。しかし、1世代の継代には雄は2-3年、雌は3-5年程度かかり、継代を繰り返すには長い期間と手間がかかります。そこで研究室では、人工授精を用いキツネメバルとクロソイの交雑種を作出しました(see Welcome photo)。

この交雑種の成長を比較したところ、両親の中間形質を持つことが分かりました。例えば、交雑種は、成長では、キツネメバル純種と比較して体サイズが大きく(体重比:雌66%増、雄26%増)なりました。ブラインドの食味試験では、両親種では、人によって評価が分かれる傾向がありましたが、交雑種では総じて高評価となり、万人受けする味と評価できるかと思います。このように交雑による新品種の作出は、通常の品種改良と比べ、簡単に非常に短い期間で大きな形質改善効果が望める育種手法と言えます。一方で、万が一の逸走の可能性を考えると、交雑種を安易に海で生け簀養殖するのは心配です。最近では、陸上での循環式養殖技術が進み、逸走の心配のない環境での養殖が可能となりつつあります。このような技術の更なる進歩により、交雑種養殖の事業化が実現する日も来るかもしれません。

以上、メバル属魚類を例にして、主にその増養殖にかかわる研究例をご紹介してきました。魚類の養殖には、ヒトでは産婦人科、獣医学では畜産科で実施されているような技術を用いる機会が多くあります。それらは、例えば、不妊治療、性判別、男女産み分け、人工授精、親子鑑定、であったりします。メバル属魚類は胎生魚であり、生まれてからの授乳や育児は無いものの、お腹の中で育った子供を産む点ではヒトなどの哺乳動物と似ています。私達の研究は、メバルの産婦人科と言ったほうがイメージし易いのかもしれません。

平松尚志・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

中川雅弘 (2007) 水温がクロソイSebastes schlegeliの成長と成熟に与える影響、水産増殖 55: 83-89.

31 March 2023 posted

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