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Fish of the Month jellyfish

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Site opening on 28 July 2022

ワンダーランド

ライフサイエンスの世界でクラゲが脚光を浴びたのは、2008年ノーベル化学賞を受賞なさった下村 脩 博士の発見です。緑色の蛍光を発するタンパク質GFPの来源としてオワンクラゲが用いられていました。このクラゲの写真は、分子生物学のバイブルといえるMolecular Cloning 4th ed.の表紙を飾っています。オワンクラゲは函館市内でも採取されるそうです。背景写真は、後述する田中助教の貴重な研究サンプルです。

その昔、品川水族館にふと立ち寄ったとき、夏のクラゲ展示がなされていたことを思い出します。オワンクラゲの水槽もあり、夏の時期に、清涼感を与えてくれていました。水槽はクラゲのワンダーランドでした。

GFPはライフサイエンスで欠かせないツールとなりました。マリンバクテリアの生態研究に使わせていただいたことがあり、目に優しい緑色の蛍光を発する生きている細胞がゆらゆら漂っているのを見たときのことは今でも忘れられません。まさに、顕微鏡下に広がるワンダーランドでした。

今回、クラゲの生化学と分子生物学で、北海道大学水産科学研究院をリードする田中啓之助教に、クラゲ・コンテンツを用意いただきました。また、北水プランクトンラボの山口准教授にはクラゲ生態研究の先進撮影装置を紹介いただきました。クラゲ研究の先進的な情報をお楽しみください。

FoM Editorial

28 July 2022 posted

クラゲ

クラゲにはミズクラゲ、エチゼンクラゲ、アンドンクラゲなど刺胞動物門に属するものと、ウリクラゲなど有櫛動物門に属するものがあります。どちらも5億年以上の昔に地球に出現した原始的な無脊椎動物です。

これらクラゲ類の進化生物学的な特徴の一つは、神経と筋肉を最初に獲得した動物であるという点です。神経と筋肉を獲得したことで、動物は体が大型化しても効率的に運動することが可能となり、移動だけでなく、捕食、繁殖、競争、共生など「行動」の多様性が生まれ、それがさらなる大きな進化もたらす要因となったと考えられます。

田中啓之・北海道大学大学院水産科学研究院・助教

28 July 2022 posted

ミズクラゲの体

ミズクラゲは刺胞動物門鉢虫綱の動物です。ミズクラゲ成体の体は95%以上が水分で、コラーゲンのゲルの表面を厚さ数十マイクロメートル以下の薄い細胞層が覆った構造です。この薄い細胞層に筋肉や神経、消化器、生殖巣など、様々な器官の機能が集約されています。

四つ葉のクローバーのように見える部分は、胃袋でもあり、生殖巣でもあります。そこから放射状に水管(放射管)が拡がっており、消化された食餌を含む体腔液が全身を循環します。放射管は腸と血管の両方の働きをしていると言えるでしょう。心臓はなく、循環は、放射管の内壁にある繊毛の運動によっています。胃腔から傘の辺縁部に体腔液が流れる放射管と、辺縁部から胃腔に戻る流れの放射管があります(Southward 1955) (Fig. 1)。

餌はまず、刺胞で捕らえます。刺胞は毒針の納められたカプセルで、全身に分布しますが、特に触手、口腕、傘の上面に多いです。刺胞の中の毒針(刺糸)は分子量の小さな特異なコラーゲンのシートが幾何学的に精密に折りたたまれてできた中空の糸です(Gold et al. 2019)。刺糸が射出される分子レベルの機構はまだ不明ですが、刺激を受けた刺胞の内部では瞬時に圧力が15 MPaまで上昇するとされ、射出口から刺糸が勢いよく飛び出してきます。はじめに三角錐の剣状棘が出て獲物に突き刺さります。次に剣状棘の先に刺糸ができて、穴から毒液を噴射しながら伸張していきます。刺糸は裏返りながら伸びていくので、伸びきった時には剣状棘が基部になります(Tardent 1995) (Fig. 2)。毒は神経毒と溶血毒の混合物で、主食となる小さな動物プランクトンなどは、刺されると即死してしまいますが、人間の手のひらの皮膚などは刺糸が貫けず、ミズクラゲを手で触れても痛くも痒くもありません。

Fig. 2. 刺胞 A:刺胞の射出 (1)休止状態の刺胞 (2)刺激を受けると刺胞内の浸透圧が上昇する。フタが開き、剣状棘が飛び出して獲物の体壁を突き破る。 (3)剣状棘は開き、中からその下に続く構造が裏返りながら伸張していく((1)の状態から裏返った部分を赤色で示している)。 (4)獲物の体内に刺糸が裏返りながら伸張していく (5)すべての刺糸が体内に入る。刺糸の先端や中間部分からも毒液が放出される。 (1)から(2)への変化は10 µs、(2)から(5)までは2 ms以内の時間で起こる3)。刺糸の伸長速度は36 m/sに達する。 B:ミズクラゲ傘上面にある刺胞の透過型電子顕微鏡観察 左;縦断面 右;横断面 刺糸は規則正しく折りたたまれ、断面は三脚巴の形状になっている。それぞれ右下のスケールバーは0.2 µm

仕留めた獲物は体表の粘液に絡め取られ、繊毛の運動によって傘の縁、特に感覚器と感覚器の中間点の8カ所に集められます。これを口腕がなめ取るように回収します。口腕は縦に二つ折りにしたリボンのようで、餌は折り目の内側を通って、傘の下面中央にある口に運ばれます。そして胃腔の内側に馬蹄形にびっしりと配列する胃糸に捕らえられ、そこで消化されていきます。消化しきれない餌は排出されますが、そのルートは単純に摂食時の逆ではなく、口腕の付け根付近の特定の場所から排出されます。

動物の中でも最も原始的と考えられるクラゲの筋肉にも横紋筋と平滑筋があります。ミズクラゲの傘の下面には同心円状に走る横紋筋繊維がびっしりと並んでいて、それが収縮すると傘はすぼまった形になって下方に水が押し出される一方、弛緩すると傘の上面の分厚いゲルの弾力によって元の形に復元します。これを繰り返すことで遊泳することができます(Fig. 3)。また、触手や口腕には平滑筋線維があります。クラゲの筋肉もアクチンフィラメントとミオシンフィラメントが互いに滑り合うことで収縮します。そのエネルギー源はATPで、ミオシンがATPをADPとリン酸に分解しながら、アクチンフィラメントを少しずつたぐり寄せます。ミズクラゲの横紋筋からアクトミオシンを抽出して調べると、ミオシンは横紋筋と平滑筋の特徴を併せ持つ特異なものであることがわかりました(Tanaka et al. 2018)。また、収縮を神経からの刺激に応じて起こしたり止めたりする制御に関わる成分が見当たらず、収縮制御の機構が謎となっています(Fig. 3D)。

Fig. 3. ミズクラゲの横紋筋 A:ミズクラゲ傘裏面の横紋筋繊維(トルイジンブルー染色) スケールバーは10 µm B:透過型電子顕微鏡観察(スケールバーは1 µm) 横紋筋繊維は1本ずつ筋細胞に収められているが、隣り合った細胞同士はアドヘレンスジャンクション等で結合しており、収縮力は周辺の筋細胞にも伝えられる。横紋の周期は約1.5 µmであり、脊椎動物(約2.5 µm)よりも短い。Z線が他の動物の横紋筋に比べて不明瞭である。 C:透過型電子顕微鏡観察(筋繊維の横断面、スケールバーは0.5 µm) 筋細胞内で筋原繊維(Mf)はメソグリア側に配置し、メソグリアに力を伝達していると考えられる。Mfの断面に配列して見える黒い点はミオシンフィラメントの断面で、それぞれの周囲を細いアクチンフィラメントが囲んでいる。 D:ミズクラゲ横紋筋上皮から抽出・精製したアクトミオシンのSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動図4) ミオシンの重鎖(1)は横紋筋タイプ、ミオシンの調節軽鎖(7)は平滑筋タイプのアミノ酸配列を有している。他の動物の横紋筋アクトミオシンには例外なく存在する筋収縮調節タンパク質「トロポニン」が存在しない。

田中啓之・北海道大学大学院水産科学研究院・助教

参考文献

Southward, A. J. (1995) Observations on the ciliary currents of the jelly-fish Aurelia aurita L. J. Mar. Biol. Assoc. United Kingdom 34:201–216.

Gold, D. A. et al. (2019) Mechanisms of cnidocyte development in the moon jellyfish Aurelia. Evol. Dev. 21:72–81.

Tardent, P. (1995) The cnidarian cnidocyte, a high-tech cellular weaponry. Bio essays 17:351–362.

Tanaka, H., Ishimaru, S., Nagatsuka, Y. and Ohashi, K. (2018) Smooth muscle-like Ca2+-regulation of actin-myosin interaction in adult jellyfish striated muscle. Sci. Rep. 8:1–11.

Fig. 1. ミズクラゲの体 A:各部の名称(下面) B:放射管の形態を示す模式図 放射管は傘の下面側にあり、実際には、大型の個体でも下面から放射管まで1 mmもない。胃腔から傘の辺縁部へ体腔液を流す放射管(緑色)と辺縁部から胃腔側へ戻す放射管(紫色)がある。傘の裏面は筋細胞を含む横紋筋上皮で覆われている。

28 July 2022 posted

ミズクラゲの生活環

クラゲにも雌雄があって、有性生殖で子孫を残します。ミズクラゲの場合、オスは精子の塊を口腕から放出し(Fig. 4A)、それをメスが体内に取り込んで受精が起こります。すなわち体内受精です。ミズクラゲは時にたくさんの個体が密集して「大量発生」と気持ち悪がられることがありますが、この密集は繁殖の効率を高めるためではないかと考えられています。受精卵から最初の幼生であるプラヌラとなるまで、発生はメスの口腕の付け根付近に発達する保育嚢で進行します(Fig. 4C)。プラヌラは0.2 mm位で、全身に生えた繊毛を動かして、回転しながら移動します(Fig. 4D)。口はなく何も食べませんが、既に刺胞を持っています。

ミズクラゲの大量発生

プラヌラはやがて岩礁や貝殻などの基盤に付着して小さなポリプに変態します。ポリプは口の周囲に4~16本の触手を持った小さなイソギンチャクのような形をしています(Fig. 4E)。このとき体内に初めて筋肉(平滑筋)が発生し、触手で動物プランクトンを捕らえ、口に運んで丸呑みにします。ポリプの大きな特徴は、分裂や出芽、つまり無性生殖によって無限に(?)クローン増殖するという点です。また、何ヶ月もの絶食にも耐える生命力を持っています。さらに、数個体のポリプをすりつぶして細胞レベルまで分散しても、翌日には自転する細胞塊を生じ、やがて数百個体の微小なポリプに再生します(Fig. 5)。

Fig. 5. ミズクラゲ・ポリプの再生現象 A:ポリプを細かく刻んだ上で、ディスパーゼII(合同酒精製・プロテアーゼの一種)で処理して細胞を人工海水に分散したもの(スケールバーは100 µm) B:分散から1日後には、自転する細胞塊が多数観察される C:分散から7日後、小さなポリプが発生している.

ミズクラゲのポリプは水温が低下するとストロビレーションと呼ばれる変態を始めます(Fig. 4F-H)。ポリプの触手より下に多数のくびれができ、やがて深い切れ込みとなって多数の皿が重なったような形(ストロビラ)になります。触手が退化し、色が褐色になって透明感が出てくると、皿の一枚一枚はエフィラ幼生となって先端側から拍動を始め、ついには遊離します(Fig. 4I)。一つのポリプから7~14個体程度のエフィラが発生します。

ストロビレーションに伴って初めて横紋筋が発生し、エフィラは放射状筋と環状筋の2種類の横紋筋を使って拍動して泳ぎます。花びらのような縁弁は普通8枚ですが、ときどき10枚や12枚といった個体が発生します。エフィラはメテフィラと呼ばれる形態を経て、稚クラゲ(Fig. 4J)に成長し、数ヶ月かけて成体となります。拍動の周期は成長するにつれて、ゆっくりになっていきます。ある程度成長すると、生殖巣が発達し、雌雄の特徴が出てきます。ミズクラゲの場合、性決定機構は不明ですが、同じ鉢虫綱のヤナギクラゲ属の一種について、雌雄同体であることが知られています。成体の寿命はよく数ヶ月といわれますが、海で採取した個体を水槽で飼育し、3年間生きたこともあります。明確な死の瞬間がなく、摂餌量が次第に減少し、拍動しなくなって、体が小さくなり、やがていつの間にか消えてしまいます。

田中啓之・北海道大学大学院水産科学研究院・助教

Fig. 4. ミズクラゲの生活環A:オスの口腕から放出された精子塊には尾部同士が絡み合った精子が見られ、ゆらゆらと揺れている(スケールバーは100 m)。B:メスの卵巣内には様々な大きさの卵細胞が見られる。核(やや明るく見える)は偏った位置にある。C:メスの保育嚢からピペットで採取した発生中の卵D:保育嚢から遊離したプラヌラ幼生E:ポリプF-H:それぞれ、飼育温度を10℃低下させてから26日、28日、32日後のポリプI:遊離したエフィラJ:傘径1~1.5 cmとなった稚クラゲ.

28 July 2022 posted

クラゲの密度を定量化する先進技術:定量ビデオカメラを用いた大型クラゲ類の水平および鉛直分布および経年変化の評価

大型クラゲ類は動物プランクトン食性魚と餌を巡る競合関係にあり、魚卵や仔稚魚の捕食者であることから、魚類の資源量に重大な影響を与えます。野外における大型クラゲ類の定量方法についてはいくつか問題があり、クラゲ類の身体は脆弱であるため、従来のプランクトンネットやトロール網では個体の破損が著しく、その個体数、バイオマスおよび多様性の過小評価につながるとされています。この問題を克服するため、近年は、非破壊的な手法である音響カメラや、無人探査機のビデオカメラによる調査が行われています。近年の海氷融解が著しい北部ベーリング海における大型クラゲ類の鉛直分布、水平分布および経年変化を、2017年と2018年の夏季に、フレーム枠に水中ビデオカメラを装着したフレームカメラ(カメラ動画および図1)を用いて、明らかにしました。

図1.大型クラゲ類 (A): Bolinopsis infundibulum (a), Chrysaora melanaster (b), Beroe sp. (c). フレームカメラ (B): ビデオカメラ (a), 整流板 (b), 重錘 (20 kg x 4) (c), 観察枠 (d), ハロゲンライト (e), 船上に繋がるデータケーブル (f). 観察体積の計算方式 (C).

当海域に大型クラゲ類は、櫛クラゲ類Bolinopsis infundibulumBeroe sp.、鉢クラゲ類Chrysaora melanasterが出現しました。最優占種のB. infundibulumは、セントローレンス島北部と西部海域に主に分布し、セントローレンス島北部海域では躍層以浅に多く分布していましたが、セントローレンス島西部海域では躍層以深に分布し、海域により鉛直分布が大きく異なっていました(図2)。

図2.2017年の各定点における櫛クラゲ類Bolinopsis infundibulumの個体数密度(ind. m-3)と、水温と塩分の鉛直分布.

経年的に大型クラゲ類の現存量は2017年に多く、2018年には2017年に比べて約1/20 (C. melanaster) – 1/90 (Beroe sp.) と極めて少なくなっていました。2018年の海氷融解は2017年に比べて約1ヶ月ほど早かったことが報告されています。海氷融解が早期に起こった2018年は、躍層形成および春季植物プランクトンブルームの開始が遅れ、動物プランクトンは小型カイアシ類が優占し、生物生産が少なくなるため、C. melanasterの底生世代であるポリプの成長および生存にとって不利な環境条件であったと考えられます。また、この気候変動に起因した餌供給量の経年差は、底生世代を持たない櫛クラゲ類のB. infundibulumBeroe sp.が2018年に激減した理由である可能性が挙げられます。

山口 篤・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Maekakuchi et al. (2020) Abundance, horizontal and vertical distribution of epipelagic ctenophores and scyphomedusae in the northern Bering Sea in summer 2017 and 2018: Quantification by underwater video imaging analysis. Deep-Sea Research II 181-182: 104818.

28 July 2022 posted

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